東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)72号 判決
東京都江戸川区中央一丁目一一番一六号
原告
米山松五郎
右訴訟代理人弁護士
中条政好
東京都江戸川区中央四丁目二〇番一七号
補助参加人
米山ひさ
真田禎一
東京都江戸川区逆井一丁目九二番地
被告
江戸川税務署長
葛原政夫
右指定代理人
青木康
山口三夫
月原進
西園隆俊
岡田俊雄
岩橋憲治
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用中参加によつて生じた部分は参加人のその余の部分は原告の各負担とする。
事実
第一、当事者の申立て
(原告)
「被告が原告に対し昭和三八年七月二九日付で別紙目録記載の建物についてした差押処分が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
(被告)
主文第一項と同旨ならびに訴訟費用は原告の負担とするとの判決
第二、請求の原因
被告は、原告に対し昭和三八年七月二九日付で原告の昭和三六年分贈与税五五万五、七二〇円(右税額は、その後被告の減額更正により借地権の名義書替料一二万四、八二〇円が控除されて五〇万六、八〇〇円となつた。)の滞納処分として、別紙目録記載の建物を差し押えた。
しかし、本件差押処分は、次の理由により無効である。すなわち、原告の実母である参加人は、別紙目録記載の土地を善照寺から賃借してその上に同目録記載の建物を所有していたが、右賃借の期間が昭和三六年一〇月末日で満了したので、原告は、同年一一月一六日公正証書によつて右善照寺と建物所有の目的で期間を二〇年とする賃貸借契約を締結し、同月二八日参加人から右建物の贈与を受け、即日所有権移転登記を経由した。ところが、原告は、被告の所部職員から建物の贈与を受けたものはその敷地の借地権も贈与されたものとみなされると聞かされ、その旨誤信して、指示されるままに建物の価額三四万一、九〇〇円、借地権の価額一七四万七、四八〇円、贈与税額五五万、七二〇円と記載した申告書を被告に提出してしまつた。
(1) しかし、かくては、原告はもとより参加人も巨額の租税が課せられ、一家の破綻にもなりかねない結果を招来することが判明するにいたつたので、両者協議のうえで、右建物の登記名義を参加人に戻した。したがつて、租税通達(昭和三九年直審(資)二二(5))によつて贈与がなかつたものとして取り扱われることとなるので、原告に前記確定申告に基づく贈与税の納付義務があることを前提とする本件差押処分は、無効であるというべきである。
(2) 仮りに、右の主張にして理由がないとしても、少なくとも、借地権の贈与税に関する限り、(イ)原告は、前叙のごとく、真実贈与の事実がなかたにもかかわらず、また、借地権の贈与税の対象となりえないのであるにもかかわらず、ただ漫然と被告の所部職員の指示に従つて前記確定申告書を提出したのであり、しかも、これを提出すれば参加人まで巨額の租税が課せられることを全く知らなかつたのであるから、原告の確定申告書提出行為は、要素の錯誤に基づく当然無効の行為であるというべきである。(ロ)また原告は、昭和三八年三月四日被告に対して借地権贈与税の申告は誤りにつきその分の申告を取り消す旨の請求をなしたところ、被告は同年四月二六日これを期限外申告であるとの理由で却下し、該却下決定は、これに対する異議申立のみなす審査請求についての昭和三九年五月三〇日付東京国税局長の審査裁決によつても、そのまま維持され、本件差押処分がなされるにいたつたのであるが、右却下決定および棄却裁決は、相続税法(昭和三七年法律第六七号による政正前のもの。以下同じ。)三〇条の規定に違反するのみならず、もともと原告の前記確定申告が被告の所部職員の誤つた指示によつてなされたものであるから、行政不服審査法一九条の規定の趣旨にも違反して当然無効であるというべきである。したがつて、本件差押処分は、右の限度において無効たるを免かれない。
第三、被告の答弁
原告主張の請求原因事実中、原告が参加人から別紙目録記載の建物の贈与を受け、主張のごとき贈与税の確定申告をしたこと、その後にいたり、原告は右建物の登記名義を参加人にもどし、また、原告より更正の請求がなされたがいずれもその理由がないものとして、本件差押処分がなされるにいたつたことは、認めるが、その余の主張事実は、すべて否認する。
(1) 原告が参加人名義の全財産の贈与を受けて同人の老後の面倒をみることは、亡父鶴次郎の生前からきまつていたのであり、別紙目録記載の建物の敷地の賃借権の期間満了にあたり、参加人から右の権利を善照寺に返還したり、善照寺において更新につき異議を述べた事実もなく、また、原告が善照寺に対して三・三平方メートル当り二、〇〇〇円の割合いによる名義書替料を支払つていること等からみて、原告が参加人から右建物とともにその敷地の借地権の贈与を受けたことは、極めて明らかである。
原告の引用に係る租税通達は、過誤等により取得財産を他人名義とした場合において、当該財産に対する最初の贈与税の申告若しくは決定又は更正の日の前にその財産名義を取得者に戻した場合に限り、贈与がなかつたものとして取り扱う旨を示達したものであるところ、原告が別紙目録記載の建物の登記名義を参加人に戻したのは、前記贈与税の確定申告のなされた後で、しかも、それより三年余も経過してからのことであるから、到底、右通達の適用を受けえないものというべきである。
(2) また、確定申告書の記載内容についての錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、当該税法の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合に限り、許されるものと解すべきところ、この点に関する原告の主張は、右特段の事情をいうものでないこと明らかであるので、それ自体失当であるというべきである。そればかりでなく、原告は、被告の所部職員から贈与税について種々説明を受け、これを十分納得したうえで、翌日にいたり前記確定申告書を提出したものであり、また、原告の更正の請求は、国税通則法二三条、相続税法三二条所定の期間徒過後になされた不適法なものであるから、原告の前記確定申告書提出行為にはその主張のごとき瑕疵は存しない。
第四、証拠関係
(原告)
甲第一、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第六号証を提出し、証人田辺信子、米山ひさ、南合光の証言、原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立は認める。
(被告)
乙第一ないし第四号証を提出し、証人石橋盛人の証言を援用し、甲号各証の成立は認める。
理由
原告が昭和三六年一一月二八日参加人から別紙目録記載の建物の贈与を受け、即日所有権移転登記を経由し、昭和三八年二月五日被告に対し建物の価額三四万一、九〇〇円、借地権の価額一七四万七、四八〇円、贈与税額五五万五、七二〇円と記載した確定申告書を提出したこと、被告が同年七月二九日付で、右贈与税(但し、税額は、その後被告の更正によつて五〇万五、八〇〇円に減額された。)の滞納処分として右建物を差し押えたこと、現在においては右建物の登記名義が参加人に戻されていることは、いずれも、当事者間に争いがない。
原告は、右のごとく建物の登記名義が参加人に戻されている以上、税法上は、贈与がなかつたものとして取り扱うべきであると主張し、その根拠として昭和三九年直審(資)二二(5)の通達を引用しているが、同通達は、被告主張のごとく、他人名義により不動産等を取得したことが過誤に基づき又は軽そつになされたものであり、かつ、これらの財産に係る最初の贈与税の申告若しくは決定又は更正の日前にこれらの財産の名義を取得者の名義に戻した場合に限り、これらの財産について贈与がなかつたものとして取り扱う旨を示達したものであるが、成立に争いのない甲第五号証によつて明らかなごとく、原告が建物の登記名義を参加人に戻したのは、前記贈与税の確定申告のなされた後で、しかも、それより三年余も経過してからのことであるから、到底、右通達の適用を受けえないものというべきである。
次に、原告は、借地権の贈与に関する限り、前記確定申告は、要素の錯誤に基づくものであるから当然無効であると主張する。しかし、確定申告書の記載内容についての過誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、当該税法の定めた過誤是正以外の方法による是正を許さないとすれば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、許されないものと解すべきことは、最高裁判所昭和三九年一〇月二二日第一小法延判決(民集一八巻八号一七六二頁)の示すところであるが、本件に現われた金証拠をもつてしても、原告に右の特段の事情があるものとは到底認められないので、錯誤の事実の有無についての判断をまつまでもなく、原告の右主張は、採用の限りでないといわなければならない。さらに、原告は、被告が原告の更正の請求を却下したことの違法をいうが、かかる違法は課税処分の取消事由とはなりえても、これをもつて差押処分の無効確認を求めることは許されないものというべきであるから、原告の右主張は、それ自体理由がないものとして排斥を免かれない。
よつて、原告の請求は、失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡部吉陸 裁判官 中平健吉 裁判官 渡辺昭)
(別紙) 目録
(一) 東京都江戸川区中央四丁目一、八六五番地
家屋番号一〇三番
木造瓦葺二階建居宅一棟
一階 一二坪九合一勺(四二・六七平方メートル)
二階 八坪五合(二八・〇九平方メートル)
(二) 東京都江戸川区中央四丁目一、八六番地
宅地 六二坪四合一勺(二〇六・三一平方メートル)